運動は『やりすぎ』でも害になるのか?マラソン・ウルトラマラソンランナーの心臓を調べた最新研究
運動は健康に良いとされるが、長時間の高強度持久運動を長年続けると心房細動リスクが上がるという報告がある。2025年に発表されたマラソン・ウルトラマラソンランナーの心臓マーカー比較研究をもとに、運動量と心臓への影響を整理する。
この記事の要点
- ●長年にわたる高強度の持久運動(マラソン等)は、心房細動(不整脈)のリスクをやや高めるU字型の関連が報告されている。
- ●2025年の研究では、マラソンランナーで左心房の拡大・線維化マーカーの上昇が、ウルトラマラソンランナーでは右心房のリモデリングと全身性炎症の上昇という異なるパターンが確認された。
- ●心房細動の有病率はランナー全体で見ると4.23%程度にとどまり、『運動しすぎは全員に危険』ではなく、量・強度・個人差を踏まえた話である。
30秒で分かる結論
「運動は多いほど良い」は本当に正しいのか
「有酸素運動は多ければ多いほど健康に良い」というイメージは根強くあります。実際、心肺持久力(体力)と死亡リスクの関係を調べた大規模研究では、体力が高い人ほど死亡リスクが低く、明確な上限は見られないという報告もあります。
一方で、市民ランナーの間では「毎年フルマラソンを何本も走っているベテランランナーが不整脈になった」という話も耳にします。この記事では、運動量・運動強度と心臓の健康、特に心房細動(心房=心臓の上側2つの部屋が細かく震えるように収縮してしまい、脈が不規則になる不整脈の一種)との関係について、2025年に発表された研究をもとに整理します。特定のトレーニング法を推奨・否定するものではありません。
分かっていること:長期の高強度持久運動と心房細動には関連がある
結論から言うと、何年も高強度の持久運動を続けると心房が構造的に変化し、心房細動のリスクがやや上がるという関連は、複数の研究で確認されています。
要点:何年も高強度の持久運動を続けると心房が構造的に変化し、心房細動のリスクがやや上がるという関連は、複数の研究で確認されています。
2025年にJournal of Cardiovascular Development and Disease誌に発表された研究(Waśkiewiczら)は、マラソンランナーとウルトラマラソンランナーを対象に、心房細動に関連する心臓マーカーを比較しました。
種目別に心房細動関連マーカーの変化パターンを示したヒートマップです(Waśkiewicz et al., Journal of Cardiovascular Development and Disease, 2025, CC BY 4.0)。マラソンランナーでは左心房の拡大と線維化マーカー(Galectin-3)の上昇が一貫して報告されており、Galectin-3はレース前平均6.8 ng/mLからレース後平均19.7 ng/mLへと大きく上昇していました。
持久系アスリートにおける心房細動の有病率をまとめたフォレストプロットです(同論文、CC BY 4.0)。統合有病率は4.23%(95%信頼区間 2.52-5.94%)で、一般集団の有病率(成人全体でおおむね1〜2%程度とされる)と比べるとやや高い水準です。
長年にわたる高強度の持久運動が、心房の構造的な変化(拡大・線維化)を介して心房細動リスクをやや高める、という関連自体は複数の研究で確認されており、比較的再現性のある知見と言えます。
まだ確定していないこと:「量」と「個人差」の線引き
結論から言うと、マラソンとウルトラマラソンでは心臓への影響のパターンが異なり、「どこからが危険な運動量か」という明確な線引きもまだできていません。
要点:マラソンとウルトラマラソンでは心臓への影響のパターンが異なり、「どこからが危険な運動量か」という明確な線引きもまだできていません。
ここから先ははっきりしません。
マラソン vs ウルトラマラソン:今回の研究では、マラソンランナーは左心房の拡大が中心なのに対し、ウルトラマラソンランナーは右心房のリモデリングと全身性の炎症(hs-CRP、可溶性E-セレクチンの上昇)というやや異なるパターンを示しました。興味深いことに、ウルトラマラソン群ではIL-6という炎症マーカーの低下(抗炎症的な適応の可能性)も報告されており、「距離が長いほど単純に悪化する」というモデルでは説明しきれません。しかも、ウルトラマラソンランナーにおける心房細動の発症率そのものを直接測定したデータはまだ乏しく、著者らも「重要なエビデンスの空白」と指摘しています。
どのくらいの運動量からリスクが上がり始めるか:これまでの研究の多くは「長年にわたり非常に高い運動量を積んできた一部のアスリート」を対象にしたものであり、週に数回のジョギングを楽しむ一般の運動愛好者にそのままあてはまるかは分かっていません。心房細動と運動量の関係はU字型(適度な運動はリスクを下げ、極端に少ない・極端に多いとリスクが上がる)とする総説もありますが、「具体的に何時間・何kmからリスクが上がるか」という明確な閾値は確立していません。
遺伝的・体質的要因:同じトレーニング量でも心房細動を発症する人としない人がいることから、遺伝的な素因が関与している可能性が指摘されていますが、どの遺伝的背景を持つ人がハイリスクなのかを事前に判定する方法はまだ研究段階です。
分かっていないこと:全死亡リスクとの整合性
結論から言うと、心房細動のリスクは上がる一方で持久系アスリートの全体的な死亡リスクは低いとされており、この一見矛盾する2つの事実を統合して評価した決定的な研究はまだありません。
要点:心房細動のリスクは上がる一方で持久系アスリートの全体的な死亡リスクは低いとされており、この一見矛盾する2つの事実を統合して評価した決定的な研究はまだありません。
もう一つの大きな謎は、「心房細動リスクは上がるのに、なぜ持久系アスリートの全死亡リスクは一般的に低いとされるのか」という点です。
体力(心肺持久力)と全死亡リスクの関係を調べた大規模研究では、体力が高いほど死亡リスクが低く、明確な上限は見られないと報告されています。心房細動は生命を直接脅かす不整脈ではなく脳梗塞リスクなどの管理が主な課題であるため、「心房細動リスクの上昇」と「総合的な死亡リスクの低下」は必ずしも矛盾しませんが、両者を統合して「結局、生涯にわたる高強度持久運動は総合的にプラスかマイナスか」を評価した決定的な研究はまだありません。
読者としてどう捉えればよいか
現時点のエビデンスを総合すると、「適度な運動は明確に健康に良い」という大前提は揺らいでいませんが、「何年も高強度の持久運動を積み重ねてきたごく一部の人」については、心房細動リスクという形で見過ごせない兆候が出てきている、というのが実態に近い評価です。
週に数回のジョギングやウォーキングを楽しむレベルの一般的な運動習慣に、この記事の内容を過度に当てはめて不安になる必要はありません。一方で、長年にわたって競技レベルの持久運動を続けているランナーで、動悸や息切れ、脈の乱れを感じることがある場合は、循環器内科での相談を検討する価値があります。
参考文献
- Waśkiewicz Z, Bezuglov E, Talibov O, et al. “Divergent Cardiac Adaptations in Endurance Sport: Atrial Fibrillation Markers in Marathon Versus Ultramarathon Athletes.” Journal of Cardiovascular Development and Disease. 2025;12(7):260. PMC12295922(本文中の図はこの論文のFigure 2・Figure 3を CC BY 4.0 ライセンスのもと転載)
よくある質問
Q.運動はやればやるほど健康に良いのですか?+
A.全死亡リスクの観点では『多いほど良い、上限が見えない』とする大規模研究がある一方、心房細動(不整脈の一種)に関しては、長年にわたる高強度の持久運動でリスクが上がるU字型の関連が報告されています。つまりアウトカム(何を見るか)によって答えが変わるというのが実態です。
Q.マラソンを走ると心臓に悪いのですか?+
A.マラソンランナーを対象にした研究では、左心房の拡大や心房細動リスクの上昇に関連する線維化マーカー(Galectin-3など)の上昇が報告されています。ただし心房細動の有病率はプールした推定で4.23%程度であり、大多数のランナーには当てはまりません。遺伝的・体質的な要因も関与すると考えられています。
Q.ウルトラマラソンはマラソンよりさらに危険ですか?+
A.2025年の研究では、ウルトラマラソン選手はマラソン選手と異なるパターンの心臓の変化(右心房のリモデリングや全身性の炎症マーカー上昇)を示すことが分かりましたが、心房細動の発症率そのものを直接比較したデータはまだ不足しており、『ウルトラの方が危険』と単純に結論づけることはできません。