エピジェネティック・クロック以外に何がある?炎症マーカー・代謝バイオマーカーの基礎知識
生物学的年齢の指標はエピジェネティック時計だけではない。健康診断でもおなじみのCRP・HbA1c・HOMA-IRや、iAge・GlycanAgeといった炎症系の複合指標について、実際の論文をもとに何が分かっていて何が分かっていないかを整理する。
この記事の要点
- ●老化の血液指標はエピジェネティック時計だけではない。CRP・IL-6といった炎症マーカーの慢性的な上昇(『インフラメイジング』と呼ばれる)は、複数のコホート研究で死亡リスク上昇と関連することが確認されている。
- ●HOMA-IR(インスリン抵抗性の指標)が高いほど『生物学的年齢』が高く算出されるという関連も、1万人超のNHANESデータで示されている。ただしこれは相関関係であり、原因と結果の証明ではない。
- ●iAgeやGlycanAgeのような炎症系の複合指標(1つの数値にまとめたスコア)は研究段階で、日本で広く受けられる標準検査としてはまだ確立していない。
30秒で分かる結論
エピジェネティック時計だけが「老化バイオマーカー」ではない
「唾液や採血で生物学的年齢が分かる」という話題では、DNAメチル化パターンを見る「エピジェネティック時計」がよく紹介されます。エピジェネティック時計についての詳しい解説は別記事で扱っているので、そちらを参照してください。
しかし、老化の進み具合を血液から推定しようとする研究は、エピジェネティック時計に限りません。むしろ歴史的には、炎症マーカー(体内で炎症反応が起きているかを示す物質)や代謝マーカー(血糖・インスリンの働き具合を示す物質)の研究の方が先行しています。これらは健康診断の採血項目とも重なるため、実生活に置き換えやすいという利点もあります。
老化に伴って免疫システムが変化し、慢性的な炎症状態を作り出していく仕組みを整理した模式図です(Müller & Di Benedetto, Frontiers in Immunology, 2025, CC BY)。骨髄や胸腺(免疫細胞を作り出す臓器)の働きが衰える「免疫老化」(A)と、IL-6・TNF-α・CRPといった炎症性の物質(体内で免疫細胞同士が連絡を取り合うために使う伝達物質や、炎症の指標となるタンパク質)が慢性的に増える「インフラメイジング」(B)が、お互いを強め合う悪循環(C)を作ることが示されています。この「慢性炎症性老化(インフラメイジング)」という考え方が、CRPやIL-6を老化バイオマーカーとして扱う研究の土台になっています。
この記事では、このインフラメイジングに関わる代表的なマーカー(CRP、IL-6)と、代謝系の指標(HOMA-IR)、そしてそれらを組み合わせた複合指標(iAge、GlycanAgeなど)について、実際の論文をもとに現状を整理します。
分かっていること:CRP・IL-6の慢性的な上昇は死亡リスクと関連する
結論から言うと、慢性的に高いCRP・IL-6の値は、高齢者を対象にした複数の大規模コホート研究で、死亡リスクの上昇と繰り返し関連づけられています。
要点:慢性的に高いCRP・IL-6の値は、複数の大規模コホート研究で死亡リスクの上昇と繰り返し関連づけられています。
CRP(C反応性タンパク。体内で炎症が起きると肝臓で作られて血中に増える物質で、健康診断でも風邪や感染症の有無を調べる目的でおなじみの項目)と、IL-6(インターロイキン6。免疫細胞同士が連絡を取り合うための伝達物質の一種で、CRPが作られるきっかけにもなる)は、老化研究の分野で最も長く調べられてきた炎症マーカーです。
ポーランドの高齢者を対象にした大規模研究「PolSenior研究」(65歳以上、IL-6は3,496人、CRPは3,632人が対象)では、IL-6・CRPともに加齢とともに上昇する傾向がみられ、両方とも認知機能・身体機能の低下や死亡リスクの上昇と関連していました。
IL-6濃度を4つのグループ(四分位)に分け、5年間の生存率を追ったグラフです(Puzianowska-Kuźnicka et al., Immunity & Ageing, 2016, CC BY 4.0)。左が対象者全体、右が「病気や要介護状態を抱える人」に絞ったグループです。IL-6濃度が最も高いグループ(黒い線)は、最も低いグループ(薄い灰色の線)に比べて、5年間で生存率が明らかに低下しています。同じ論文では、CRPが1mg/L上がるごとに死亡リスクが2〜7%程度上昇する(対象者の状態によって幅がある)という数値も報告されています。
このほかにも、米国の高齢者を対象にしたランチョ・ベルナルド研究など複数の独立したコホートで、IL-6の上昇と死亡リスクの関連が再現されており、「慢性的に高いIL-6・CRPが死亡リスクと関連する」こと自体は、比較的しっかりしたエビデンスがある部分です。
健康診断の数値に置き換えると:一般的な健康診断のCRPは「感染症などで急上昇していないか」を見る目的で使われ、基準値は0.3mg/dL(3mg/L)以下程度とされることが多いです。老化研究で使われる「hs-CRP(高感度CRP)」はより微量の変化まで測れる検査で、目安として1mg/L未満が低リスク、1〜3mg/Lが中間、3mg/L超が高リスクとされます。通常の健康診断のCRPは感度が異なるため、同じ基準をそのまま当てはめることはできない点に注意が必要です。
まだ確定していないこと:HOMA-IRや複合指標は「老化の物差し」としてどこまで使えるか
結論から言うと、HOMA-IR(インスリン抵抗性の指標)が高いほど「生物学的年齢」が高く算出されるという関連は確認されていますが、これは相関関係であり、複合指標(iAge、GlycanAgeなど)についても「どれだけ実用的か」はまだ研究途上です。
要点:HOMA-IRと「生物学的年齢」の関連は確認されていますが、相関関係にとどまり、複合指標の実用性もまだ研究途上です。
HOMA-IR(ホーマ・アイアール) は、空腹時血糖値と空腹時インスリン値から計算する、インスリンの効きにくさ(インスリン抵抗性。血糖値を下げるホルモンであるインスリンが効きにくくなっている状態)を示す指標です。人間ドックでインスリン測定を追加すると算出できます。
2023年にEuropean Journal of Medical Research誌に発表された研究(Yangら)は、米国の健康調査データ(NHANES、12,266人)を使い、8つの検査値から算出した「生物学的年齢」とHOMA-IRの関係を調べました。
HOMA-IRの値と「生物学的年齢が実年齢よりどれだけ高く出るか」の関係を示したグラフです(Yang et al., European Journal of Medical Research, 2023, CC BY 4.0)。HOMA-IRがおおよそ2を超えたあたりから、生物学的年齢を押し上げる効果が急激に大きくなる非線形の関係が示されています。HOMA-IRの上位グループ(上位25%)は下位グループ(下位25%)に比べて、生物学的年齢が平均で6.9歳も高く算出されていました。
健康診断の数値に置き換えると:HOMA-IRの目安は、1.6未満が正常範囲、1.6〜2.5がやや高め、2.5以上でインスリン抵抗性が疑われるとされることが多いです。上記の研究で「押し上げ効果が急に大きくなる」とされた「2」前後は、ちょうどこの「やや高め」の境界に近い数字です。
一方で、複数の炎症マーカーを組み合わせて1つのスコアにする「複合指標」も提案されています。代表例が、スタンフォード大学のグループ(Furmanら)が2021年にNature Aging誌で発表した**iAge(炎症老化時計)**です。深層学習(AIの一種)を使い、血中のさまざまな免疫関連物質のパターンから算出する指標で、なかでもCXCL9(免疫細胞を呼び寄せる伝達物質の一種)という物質が最も強く影響することが示されました。iAgeが高い人ほど、将来のフレイル(加齢による心身の衰え)や心血管系の老化と関連していたと報告されています。
また、血液中の抗体(IgG)にくっついている糖鎖(糖がつながった構造)のパターンから算出する**GlycanAge(グリカン・エイジ)**という指標も研究されています。IgG糖鎖のパターンは炎症状態を反映すると考えられており、生活習慣の改善によって数値が変化しうることも報告されています。
ただし、iAgeもGlycanAgeも、開発した研究グループ自身によるデータで有望な結果が出ている段階であり、独立した第三者による大規模な追試や、日本を含む一般集団での検証はまだ限定的です。2026年時点では、どちらも日本国内で広く一般に受けられる標準的な検査としては確立していません。
分かっていないこと:炎症マーカーを下げれば寿命が延びるのか
結論から言うと、「炎症マーカーが高いことと死亡リスクが関連する」ことは分かっていても、「炎症マーカーを薬で下げれば寿命が延びる」ことは、大規模臨床試験でむしろ否定的な結果が出ています。
要点:炎症マーカーを薬で下げても、それだけで寿命が延びるとは示されていません。
ここが最も重要なポイントです。ここまで紹介してきた研究は、いずれも「観察研究」であり、「CRP・IL-6が高い人ほど死亡リスクが高い」という相関関係を示すものです。しかし、相関関係は因果関係の証明にはなりません。
この点を直接検証した数少ない大規模臨床試験が、CANTOS試験です。この試験では、心筋梗塞の既往があり、かつhs-CRPが高め(2mg/L以上)の患者約1万人を対象に、IL-1βという炎症性物質を狙い撃ちする薬(カナキヌマブ)を投与しました。
その結果、投与群ではhs-CRPが最大で41%低下し、心血管イベント(心筋梗塞の再発など)の発生率も約15〜22%減少しました。しかし、最も注目すべき「全死亡率」については、統計的に有意な改善は見られませんでした(ハザード比0.94、95%信頼区間0.83〜1.06)。感染症による死亡がわずかに増えたことも、恩恵を相殺した一因とされています。
興味深いことに、同じ試験の追加解析では、薬を投与した後に実際にIL-6濃度が大きく下がった人たちに限ると、心血管死亡・全死亡ともに大きな改善が見られたことも報告されています。つまり「炎症を下げる薬を飲む」ことそのものよりも、「その人において炎症が実際にどれだけ下がったか」が結果を左右した可能性があるということです。この結果をどう解釈すべきかについては、専門家の間でも議論が続いています。
さらに、iAgeやGlycanAgeのような複合指標についても、「その数値を改善させる生活習慣・薬剤介入が、実際に寿命や健康寿命を延ばすか」を検証した大規模な長期試験はまだ存在しません。エピジェネティック時計と同様、「相関はあるが因果はまだ証明されていない」という構図がここでも繰り返されています。
読者としてどう捉えればよいか
現時点のエビデンスを整理すると、CRP・IL-6のような個々の炎症マーカーが慢性的な老化・死亡リスクと関連すること自体は、比較的しっかりしたデータに支えられています。一方で、HOMA-IRや複合指標(iAge、GlycanAgeなど)は「老化を数値化する試み」としては興味深いものの、まだ研究段階にとどまり、個人の健康管理の意思決定を大きく左右するほどの確立した根拠にはなっていません。
何より、「炎症マーカーを薬で下げれば寿命が延びる」という一番知りたい問いには、CANTOS試験がむしろ慎重な答えを突きつけています。数値そのものを追いかけるよりも、慢性炎症を引き起こすとされる要因——喫煙、肥満、運動不足、睡眠不足、慢性的な歯周病や感染症——に生活習慣として取り組む方が、現状のエビデンスからは合理的だと言えます。
この記事を読んだあなたが次にできること
現時点でより強いエビデンスがある代替・比較対象
- ›健康診断で毎年計測されているCRP・HbA1cの推移を、単発の数値ではなく数年単位のトレンドとして見る方が、単発の高額な複合指標検査よりも情報量が多い場合があります。
- ›iAgeやGlycanAgeのような複合指標は研究段階であり、現時点では禁煙・運動・睡眠改善など、原因側に直接働きかける介入の方がエビデンスが強い代替策です。
検討する場合に医師・クリニックへ確認すべきこと
- ›hs-CRPやHOMA-IRを測る場合、通常の健康診断の項目と何が違うのか、追加費用も含めて医療機関に確認する。
- ›CRPやHbA1cが基準値を超えている場合、それが一時的な炎症・感染によるものか、慢性的な傾向かを、複数回の測定で確認する。
エビデンスが固まるまでの見通し
iAgeやGlycanAgeのような複合指標が、独立した第三者機関による大規模な追試を経て一般的な検査として確立するかどうかは、現時点では見通しが立っていません。数年単位で研究の動向を注視する必要があります。
参考文献
- Müller L, Di Benedetto S. “Immunosenescence and inflammaging: Mechanisms and modulation through diet and lifestyle.” Frontiers in Immunology. 2025;16:1708280. PMC12711513(本文中の図はこの論文のFigure 1を CC BY ライセンスのもと転載)
- Puzianowska-Kuźnicka M, Owczarz M, Wieczorowska-Tobis K, et al. “Interleukin-6 and C-reactive protein, successful aging, and mortality: the PolSenior study.” Immunity & Ageing. 2016;13:21. PMC4891873(本文中の図はこの論文のFigure 1を CC BY 4.0 ライセンスのもと転載)
- Reuben DB, et al. “Association between serum interleukin-6 concentrations and mortality in older adults: the Rancho Bernardo study.” PMC3325993. PMC3325993
- Yang H, Gong R, Liu M, Deng Y, Zheng X, Hu T. “HOMA-IR is positively correlated with biological age and advanced aging in the US adult population.” European Journal of Medical Research. 2023;28:454. PMC10612177(本文中の図はこの論文のFigure 2を CC BY 4.0 ライセンスのもと転載)
- Sayed N, Huang Y, Nguyen K, et al. “An inflammatory aging clock (iAge) based on deep learning tracks multimorbidity, immunosenescence, frailty and cardiovascular aging.” Nature Aging. 2021;1:598-615. Nature Aging
- Krištić J, et al. “Effects of testosterone and metformin on the GlycanAge index of biological age and the composition of the IgG glycome.” PMC11979073
- Ridker PM, et al. “Antiinflammatory Therapy with Canakinumab for Atherosclerotic Disease (CANTOS).” PubMed 28845751
- Ridker PM, et al. “Inhibition of Interleukin-1β and Reduction in Atherothrombotic Cardiovascular Events in the CANTOS Trial.” Journal of the American College of Cardiology. 2020. PubMed 33004131
よくある質問
Q.健康診断のCRPの数値だけで老化の進み具合が分かりますか?+
A.1回のCRP値だけで老化の進み具合を断定することはできません。ただし、通常の健康診断で使われるCRP(感染症などを調べる目的)よりも精密な「hs-CRP(高感度CRP)」という測定法では、慢性的に高め(目安として1〜3mg/L以上)の値が続くと、死亡リスクや心血管疾患リスクとの関連が複数のコホート研究で確認されています。単発の数値ではなく、経過を見ることが大切です。
Q.HOMA-IRやiAgeのような指標は、どこで測れますか?+
A.HOMA-IRは空腹時血糖値とインスリン値から計算できるため、人間ドックなどでインスリン測定を追加すれば算出可能です。一方でiAge(炎症老化時計)やGlycanAgeは研究目的で開発された指標で、2026年時点では日本国内で広く一般に受けられる標準検査としては確立していません。海外の一部の研究機関・有料サービスが独自に提供している段階です。
Q.炎症を下げる薬を飲めば老化が遅くなりますか?+
A.そう単純ではありません。IL-1βを狙い撃ちする薬(カナキヌマブ)を使った大規模臨床試験CANTOSでは、心血管イベントは減ったものの、全体の死亡率は有意に改善しませんでした。炎症マーカーを薬で下げることと、老化そのものを遅らせて寿命を延ばすことは、まだイコールで結べていません。